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ぼんやり参謀

好きな事について書いたり、薬にも毒にもならないことを考えたりします。

本を趣味にしたい

とにかく自分は本を読まない。

だけど読みたい。読んでますよーって言いたい。何かかっこいい気がするから。

 

現在積んでいる本は以下の6冊だ。

新書

昆虫はすごい 丸山宗利

 

小説

博士の愛した数式 小川洋子

連続殺人カエル男 中山七里

悪夢の観覧車 木下半太

太陽の塔 森見登美彦(一応読んでる)

すべてがFになる 森博嗣

 

いや、分かる。言わなくてもいい。

易しい。このラインナップは易しい。

もっとニーチェだとか、現代の思想家だとか、そういった小難しい本を読んでこその「本を趣味にしてます」なのは分かっている。でもこのレベルでも読めてないのだ。こういった本でもって「本を趣味にしています」と言いたいのだ。

 

そもそも人はいつ本を読んでいるのだろうか。

おそらく最も普遍的な回答は「通勤・通学時」だろう。

しかし、私は歩いて大学に行く。よってそのタイミングに読書は挟み得ない。

次に考えられるのは「家にいる時」だろう。

しかし、家にいる時に本を読むのはどうだ。これは自分の中の、本にわざわざ時間を割きたくないという気持ちから来ている。なるべくスキマ時間で読みたいのだ。書いていて思うが、ワガママだ。この文章を読んだ私の二親等までは私を殴る権利がある。

そうなるといよいよ選択肢は狭まってくる。「会社・学校にいる時」だ。つまりサボるわけだ。高尚なサボローだ。

これかな、と思う。大学というのは不思議なもので、学生一人ひとりが独自のスキマ時間を持っている。それは昼飯の余った時間の場合もあるし、昼飯後の授業2コマ丸々であることもある。私の場合は「休みたいな」と思った時がスキマ時間だ。

ここで最後の問題が立ちはだかる。会社・学校にいる時は知り合いが周りにいるということだ。すなわち読む本は選ばなくてはならない。ニーチェだとか、現代の思想家だとか、そういった小難しい本がごく自然に望まれてしまうわけだ。ここで私の小説群は敗退を喫する。将棋で言うところの詰みを感じる。

 

 

以上、絶対に本を趣味にできない人の実りのない妄言でした。