犬である。
犬を食べることへの反応は国々によって様々である。ある国は昔からの文化として食べることを是とし、ある国では外道なものとして忌み嫌われている。宗教的に禁止しているところもあるらしい。
だが、そんな犬食を私は行う。
なんというか、こう、そばの形で。
盛岡駅にやってきた
ということで知人と共に盛岡駅にやって来たのだが、とても寒い。具体的には最高気温が6℃くらいの寒さだ。寒すぎるからか、駅周辺に犬は見当たらなかった。おかしい、ここの住人は大量の犬を食べると聞いたのだが。
カモさんなら池に沢山いた。鴨鍋でもいいな……
とはいえ、一応下調べは済ませてある。調理済みの犬を食べさせてくれる店が駅前にある事は分かっているのだ。さあさあ、食らってみせようではないか。
そこに(犬が)いる事は分かってるんだぞ!大人しく出てこい!
店に入ると「犬か、犬でないか」を聞かれた。どうやら店側の配慮というものがあるらしく、犬を食べる民と食べない民はそれぞれ別の席に案内されるらしい。フィッシュオアビーフならぬ、ドッグオアノットドッグだ。もちろんドッグだ。ドッグプリーズ、である。
妙な緊張感が我々を襲う
席に着くやいなや胃が痛くなってきた。我々以外にも犬を食べに来たお客さんはいくらかいたのだが、皆一様に緊張の面持ちである。そりゃそうだ、今から食べた事もない量の犬を食べるのだ。覚悟を決めねばならぬ。
待っているとお店の方からルール説明があった。要約すると、こちらがギブアップというまで延々と犬が運ばれてくるという事らしい。単純かつ明快。向こう千年経っても残っていそうなルールである。そしてどうやら100匹を越えると記念品がもらえるらしい事がわかった。目指せ101匹わんちゃんということか……
さあ、いざ尋常に勝負だ。
勝負直前の貴重な写真。このあと写真は少なくなります
食べる。注がれる。食べる。注がれる。食べる。食べる。注がれる。
勢いがすごい。15匹で1ロットとなっており、一卓で1ロット食べ終わるまでお姉さんがそばですぐにおかわりを注がんと待ち構えている。ゆっくりと食べてなどいられない。そういう圧があるのだ。
同行した知人は経験者であり、曰くこの乱打戦を攻略するには次の三つが重要であるという。
曰く、姿勢を良くすること。
曰く、卓に並ぶ鮪の刺身など、その他の食べ物には手を出さないこと。
曰く、噛まずに飲むこと。
いずれも「より短時間に多くの犬を詰め込む」ためのコツである。急に普通のお役立ち情報でびっくりされた方もいるかもしれないが、それくらい真剣なのだ。やらねばやられる。そういう世界なのだ。
しかし、噛まずに飲むとは少々無茶ではないのか。幼き頃より物はよく噛んで食べろと教わってきた育ちの良い私には厳しいものがある。知人が言うには前回来た時は大酒飲みが大勝したという。びっくり人間コンテストじゃないんだぞ。
また、地味に辛いのは1匹1匹の個体差がだいぶ大きい事である。一口にも満たないものが来たかと思えば、その2倍近くの量が入っていることもある。そして次を注がんとするお姉さん。決してこちらのペースでは進ませてくれないのだ。ちなみにここに来て急に写真がなくなったのは、もちろんこの間必死に犬をかきこんでいたからである。写真を撮る暇なんかないのだ。この一瞬一瞬にも満腹中枢は脳内の命令系を支配しにかかっているのだ。
写真がないのでいらすとやさんに頼ります
序盤はとにかく遮二無二食べていたが、60匹目から少し違和感を感じ始め、75匹目あたりから厳しくなってきた。15匹で1人前相当らしいので、このあたりで5人前ということになる。
厳しいとは、決してお腹が一杯ということではない。喉を通らないということだ。知人は山葵を溶かし始めた。私は山葵を直に食べ出した。味を変えないと、もう飲み込めない。
80匹を過ぎてから「あっ、気を抜くと全部出るな」という最悪な予感が脳裏によぎり始めた。1匹を食べる時間も格段に遅くなった。ここではないどこかを見つめていると、お姉さんが「出してしまうと記録はつきませんので、ご無理はなさらないように」と言った。やめて、大丈夫だから。出さないから。あと、無理、もうしてるから。70匹くらいから。
知人はこの辺りで落ちた。前回は100匹を越えたとのことであったが、今日は二日酔いなのでここまでと言った。いや、二日酔いだったのか。聞いてないぞ。むしろ二日酔いでここまで食べた君の胃袋と精神力を私は讃えたい。
知人が落ちるとお姉さんのターゲットは私一人になった。15匹食べるまではその場を去ってくれず、圧は増すばかりだ。私は「皆さんどれくらい食べられるんですかね」などと話しかけ、お姉さんの圧を解きつつ自分の胃袋を休ませる作戦に出たが、いいからさっさと食べろという空気に包まれた気がしたのでやめた。そうこうしてるうちに話しかけることもできなくなった。これ以上言葉を発すると、出る。
すいません、ごちそう様です。
私の挑戦はここで終わった。
挑戦終了後、デザートが振る舞われた時はうっかり悪意すら感じてしまったが、こちらが勝手に沢山食べただけなので怒るのはお門違いであった。食べてみると美味しかった。違う食べ物であることが何より嬉しかった。
記念写真を撮ってくれたのは嬉しかったが、少しでも動くと出そうだったのでポーズを取るのも必死であった
食べ物をお腹一杯に食べられることは良いことだ。地元に戻ってからも頑張って働いて、また美味しいものを食べよう。そんな気分になれた、終わってみれば清々しい時間であった気がする。また来よう、盛岡。
まあ、蕎麦は当分、いいけど。
記録は90杯でした!