ぼんやり参謀

好きな事について書いたり、薬にも毒にもならないことを考えたりします。

思春期エンジニアなので自室を監視したい

齢二十幾ばくといえども心は反抗期なので、自分の部屋には何人たりとも入れたくないというのが心情なのである。

この記事は ウィルゲート Advent Calendar 2019 - Qiita の21日目の記事です。昨日は @wg_ishikawa さんの グロースハックについて内定者たちとしたディスカッション - Qiita でした。

 

しかし、この世には無遠慮に入室する人間が存在する。母だ。

 

何故オカンは息子の部屋に入るのか。この問題は有史以来様々なアプローチでもって解明が試みられているが、未だにその原因は解き明かされていない。やめて欲しい。本当にやめて欲しい。

一応誤解なきよう言っておくが、齢二十幾ばくである。この歳になるともはや隠す事もない。万が一自室に巧妙に隠されたあれやこれやを見つけられ、机の上に整理して置かれていたとしても威風堂々と構え「達者であったな」と声をかける事だろう。

つまり、そういう事ではないのだ。不在の間に親に自室に入られている、その事実が幾年過ぎども心の中にくしゃっとした感情を抱かせるのだ。人にはパーソナルスペースがあるというが、本件においてはこの何畳かの空間がそれにあたるのだ。

そして何故かは分からないが弊親はシラを切る。あるものをないと言う。入っていても入ってないと言う。いやかーちゃん、ゴミ箱綺麗になっとるやんけ。ありがとうなんだけどね、それはありがとうなんだけど。

 

要するに、かくなる上は証拠を押さえるしかないのだ。つまり監視カメラだ。監視カメラを作るぞ皆の衆。

 

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ラズパイを買った

 

今回買ったのはこの2つだ。

 https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07FQ9678G/ 

 

当方ラズパイに関しては全くの初心者であったが、幸いにもQiitaという大海にこれでもかと言うほど参考文献があるので実際何とかなる。ちょっと調べれば初心者向けのセットアップの記事もある。ありがたやありがたや。

Raspberry Pi 3 Model B+の初回セットアップ(購入から起動まで) - Qiita

じゃあ監視カメラを作る記事もあるのではないかという疑問も尤もである。ある。それはもう沢山ある。完全に車輪の再発明だ。だが、全ての制作は模倣からとも言う。そういうことなのだ。 

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「ラズパイで監視カメラ」、全人類が一度は考えてるんだと思う。

 

工程としては至極単純で、諸々の内容物を組み立てた後OSをインストールし、カメラアプリケーションを導入するだけである。詳しい方法に関しては参考文献のURLをご参照いただければ十分であろう。とはいえ何も解説しないのも文章として不躾であるため、本稿はラズパイ初心者にしょうもないTIPSを送っていきたい。1つは、OSのインストールのために有線キーボードと有線マウスが必要という事だ。用意をうっかり忘れたまま夜に作業を始めると1日が無駄になる。なった。

 

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開始5分で詰んだため諦めて酒で優勝した

 

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翌日ヤマダ電気で買った

 

カメラ用のソフトウェアにはmotionを用いた。もうね、全部あるわけ。全部用意されてるの。やる事なんかないの。

motion-project.github.io

[Raspberry Pi]motionでお手軽監視カメラをつくる

 

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記念すべき初写真。青い。

ふたたびしょうもないTIPSとなるが、ラズパイ公式のカメラモジュールには青色のフィルムが貼られている。これを剥がし忘れると全体的に青みがかかった写真になってしまうので取り忘れることのないよう注意したい。

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これを剥がしたら万事上手くいった。エンジニアとして、会社のアドベントカレンダーとして大変心配である

 

 motionを用いるとweb経由で映像を確認したり、動体検知もできる。ふと思ったのだが、こういうおもちゃの監視カメラに似たようなものが昔コロコロコミックの電子工作広告にあった気がしてきた。心、反抗期というより小学生の可能性が出てきた。

 

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写真部分下部の黒いフチはマウス用のUSBレシーバーである。挿す場所を間違えている。人として不器用なのだ

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手をかざした瞬間だけ写真が撮れた

 

仕込みはこれで完了だ。私はこれを自室の入り口にセットし、侵入者とのさらなる戦いに赴きたいと思う。

 

 なお、今後の実装としては次のようなものが考えられる。

  • 撮影時に警告アラートを鳴らす
  • 撮影とともにSlackに侵入情報を通知
  • 画像認識による部屋に侵入した人間の推定

とはいえ、侵入時の証拠を抑えるという要件に関してはこの実装で十分である。何事もミニマムスタートが肝心なのだ。

 

 

最後に私が伝えたい事は2つ。1つは、ラズパイは情報が沢山あるので誰でもトライできる事。もう1つは、誰であれ自室に入って欲しくないという事。そして、アドベントカレンダーは前日に慌てて書くべきではないという事だ。

 

 明日のウィルゲート Advent Calendar @msm_2さんで「SwiftUIでMVVM」です!

 

参考文献

 

いつもアクセスいただきありがとうございます

あんまりにも文章を書かないと文章の書き方を忘れてしまうというが、今は特にそれである。

 

では何故文章を書かなかったのかというと、何も考えていなかったからである。自分の場合文章を書くには内省なりネタなりが必要である。日々の考えや、これは面白いと自分が思える事をまとめる必要があるのだ。それには時間に加えて、何かやりたいけど暇で暇でしかたないという舞台設定も必要だ。何せそういうタイミングでないとむつかしい事を考えるのが面倒だからだ。そしてそんな時間がなかったために筆を取るに至らなかったわけだ。

 

しかしそれは傲慢である。

意味のない文章を書いたっていいじゃないか。

面白くない文章を書いたっていいじゃないか。

素人の、個人の、利益性の無いブログである。そこには一番の自由があるんじゃないのか。違うのか。何「書くべき事がない」なんて下らない事を言っているんだ。何書いたっていいじゃないか。第一こんな更新性の低いブログ誰が見てるってんだ。いやそれが一日30人くらい見てるらしいのよ奥さん。それは本当にありがとう。8ヶ月お待たせした文章がこちらになります。

 

久しぶりにやる気が出たので工作を始めたのですが、開始30分で機材が足りない事が分かったので諦めて酒を飲みながらこの文章を書いています。11月中にはまた書けたらいいなと思います。よろしくお願いします。30人の方。

 

 

この手の中身のない文章はタイトルを最後につけるのが趣味です。

メキシコでタフになれ

お前はメキシコを知っているか。

俺は知らない。きっとお前もそうだ。

だが俺はメキシコの男がタフで、ハードボイルドで、シーライフとかそういったものに気を使う男である事にうすうす気付いている。参考文献もある。

 

https://diehardtales.com/n/n13e687733c75

 

恋情デスペラードのデスペラードを感じろ - 考えるタケノコのブロゴ

 

俺達はタフでなければならない。だがそれは上に挙げたような文体で文章を書けとか、今すぐメキシコに現地入りしろとか、銃とポンチョを揃えて自分がレアである事を主張しろということでもない。知識の問題ですらない。心構えの問題だ。

 

現に俺はメキシコについて何も知らず、生き抜く術はおろか、撃鉄の起こし方すらなっちゃいない。知識もないからこの文章にメキシコな例え1つ出てこない。そんな俺がもし一歩でもメキシコに足を踏みいれようものなら。お前は俺の頭蓋骨があのなんだか分からない丸い草のように転がるのを目撃することだろう。

 

だが俺は立ち上がることが出来る。

吠える事が出来る。挑戦する事が出来る。諦めない事が出来る。強くあれと願う事が出来る。生きる事が出来る。

 

 

心の中にメキシコがあれば。

俺はタフだ。きっとお前もそうだ。

 

相対カレー理論

レストランやどこかで何を食べるか散々迷い、迷った末に頼んだ料理を食べている途中に他の人が頼んだ(自分が迷ってやめた方の)料理を見て「あー、やっぱあっちのカレーの方が良かったかなー!」とモヤモヤする経験はないだろうか。

私は無い。

 

私に言わせればそんなものは考察不足である。AとBの料理でどちらを食べるかを悩んだ時は大体次のプロセスで意思決定を行う。

1. AとB両方の料理を思い浮かべる。可能であれば味も思い出すと良い

2. AとBのそれぞれを食べた自分を思い浮かべ、どちらの方がより自分が満足するか考える

3. より満足度の高い方の料理を選ぶ

これで万事解決である。なにせ両方の満足度を比べて高い方を選んでいるわけだから、もう片方の食べ物を見ても動じることなどない。

 

しかし、このプロセスには不足している点がある。「迷っている食べ物の片方ないし両方が全く味の想像もできないものである」場合だ。何だこのビリヤニって、写真もないしどういう食べ物なんだ、という場合である。この場合はより聞いたことのない方、珍しい名前の方を選ぶと良い。新しい発見に出会える可能性が高いからだ。より珍しい名前の方を選ぶことで「エーッあのローマイガイってやつあんな美味しそうな食べ物だったんだ!」という名前とのギャップが大きい食べ物へのショックを和らげる事もできる。

 

もし万が一それでも、他人の料理の方が美味しそうだと思ってしまった時は。

「あれ、美味しそうだな!また来よう!」

瞬時に思考を切り替えることだ。要はポジティブである。

絶対カレー宣言

何かを食べに行こうとしたがそれが食べられなかった時、無性に食べられなかったものが食べたくなる事がある。分かりやすく言うと「いやもうカレーの口になっちゃったからなー!そうかー!今日定休日かー!」というやつである。

 

大抵代わりの何かを食べているうちに本当に食べたかったカレーの事など忘れているのだが、あの感覚には耐え難いものがあると常々感じている。自分の場合あまりに耐え難いので、時間が許す限り代わりのカレー屋を探しに行くなどする。なんとしても食べたくなるのだ。

 

同じような話として、欲しいが買うかどうかは微妙であるものを悩んでいる時の行動がある。よく「悩む理由が値段なら買いなさい。買う理由が値段ならやめなさい。」というものがあるが、自分の場合は違う。「これほど買おうか迷っているならばどうせいつかは買ってしまうので、ならば今買え」である。買いたいなーでもどうしよっかなーという迷いの時間が不毛ではないか。損ではないか。こちらはもうヴィブラスラップの口になっているのだ。買うまでは家に帰らないぞ。

 

 

 

そう思って生きてきたが、これはもう限界である。

この生活には些か、お金が足りない。

俺もご自宅を秘蔵公開したい

この間テレビを観ていたところ、名前は忘れてしまったがどなたかの俳優が「自分には芸がないので、バラエティに出るとなると私生活を切り売りしなくてはならない」と言っていた。バラエティでよく見る『ご自宅を秘蔵公開!』というやつなどの事だろう。確かに、切り売りである。

 

 

 

 

 

何か文章を書くためには書く元となる行動が必要だ。それは旅行であったり、ちょっと良いランチであったり、工作であったり、突飛な行動であったりする。もちろん元々やりたかった事があってそれをやった結果、文章として残すというゴールに至ったのならば、それはよいことだ。しかし、文章を書こうとして何か行動を考え始めたら。それも切り売りである。自分の時間や労力の切り売りだ。

 

 

やりたい事のない人間は、趣味のない人間は、主張のない人間は、常に思考を切り売りして行動を起こさねばならない。果たしてそこまでして文章を書く必要があるのだろうか。本当に好きな物は、やりたい事は、何なのだろうか。

 

 

このインターネット大投稿時代、文章に限らずそういう状態になってる人、多そうだな。ううーん、わかるわかる。とてもわかる。みんなで一回ロストテクノロジーしてみよっか。

犬を喰らえ

犬である。

 

犬を食べることへの反応は国々によって様々である。ある国は昔からの文化として食べることを是とし、ある国では外道なものとして忌み嫌われている。宗教的に禁止しているところもあるらしい。

 

だが、そんな犬食を私は行う。

なんというか、こう、そばの形で。

 

 

 

 

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盛岡駅にやってきた

 

ということで知人と共に盛岡駅にやって来たのだが、とても寒い。具体的には最高気温が6℃くらいの寒さだ。寒すぎるからか、駅周辺に犬は見当たらなかった。おかしい、ここの住人は大量の犬を食べると聞いたのだが。

 

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カモさんなら池に沢山いた。鴨鍋でもいいな……

 

とはいえ、一応下調べは済ませてある。調理済みの犬を食べさせてくれる店が駅前にある事は分かっているのだ。さあさあ、食らってみせようではないか。

 

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そこに(犬が)いる事は分かってるんだぞ!大人しく出てこい!

 

店に入ると「犬か、犬でないか」を聞かれた。どうやら店側の配慮というものがあるらしく、犬を食べる民と食べない民はそれぞれ別の席に案内されるらしい。フィッシュオアビーフならぬ、ドッグオアノットドッグだ。もちろんドッグだ。ドッグプリーズ、である。

 

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妙な緊張感が我々を襲う

 

席に着くやいなや胃が痛くなってきた。我々以外にも犬を食べに来たお客さんはいくらかいたのだが、皆一様に緊張の面持ちである。そりゃそうだ、今から食べた事もない量の犬を食べるのだ。覚悟を決めねばならぬ。

 

待っているとお店の方からルール説明があった。要約すると、こちらがギブアップというまで延々と犬が運ばれてくるという事らしい。単純かつ明快。向こう千年経っても残っていそうなルールである。そしてどうやら100匹を越えると記念品がもらえるらしい事がわかった。目指せ101匹わんちゃんということか……

さあ、いざ尋常に勝負だ。

 

 

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勝負直前の貴重な写真。このあと写真は少なくなります

 

食べる。注がれる。食べる。注がれる。食べる。食べる。注がれる。

勢いがすごい。15匹で1ロットとなっており、一卓で1ロット食べ終わるまでお姉さんがそばですぐにおかわりを注がんと待ち構えている。ゆっくりと食べてなどいられない。そういう圧があるのだ。

 

同行した知人は経験者であり、曰くこの乱打戦を攻略するには次の三つが重要であるという。

曰く、姿勢を良くすること。

曰く、卓に並ぶ鮪の刺身など、その他の食べ物には手を出さないこと。

曰く、噛まずに飲むこと。

いずれも「より短時間に多くの犬を詰め込む」ためのコツである。急に普通のお役立ち情報でびっくりされた方もいるかもしれないが、それくらい真剣なのだ。やらねばやられる。そういう世界なのだ。

 

しかし、噛まずに飲むとは少々無茶ではないのか。幼き頃より物はよく噛んで食べろと教わってきた育ちの良い私には厳しいものがある。知人が言うには前回来た時は大酒飲みが大勝したという。びっくり人間コンテストじゃないんだぞ。

 

また、地味に辛いのは1匹1匹の個体差がだいぶ大きい事である。一口にも満たないものが来たかと思えば、その2倍近くの量が入っていることもある。そして次を注がんとするお姉さん。決してこちらのペースでは進ませてくれないのだ。ちなみにここに来て急に写真がなくなったのは、もちろんこの間必死に犬をかきこんでいたからである。写真を撮る暇なんかないのだ。この一瞬一瞬にも満腹中枢は脳内の命令系を支配しにかかっているのだ。

 

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写真がないのでいらすとやさんに頼ります

 

序盤はとにかく遮二無二食べていたが、60匹目から少し違和感を感じ始め、75匹目あたりから厳しくなってきた。15匹で1人前相当らしいので、このあたりで5人前ということになる。

厳しいとは、決してお腹が一杯ということではない。喉を通らないということだ。知人は山葵を溶かし始めた。私は山葵を直に食べ出した。味を変えないと、もう飲み込めない。

 

 

80匹を過ぎてから「あっ、気を抜くと全部出るな」という最悪な予感が脳裏によぎり始めた。1匹を食べる時間も格段に遅くなった。ここではないどこかを見つめていると、お姉さんが「出してしまうと記録はつきませんので、ご無理はなさらないように」と言った。やめて、大丈夫だから。出さないから。あと、無理、もうしてるから。70匹くらいから。

 

知人はこの辺りで落ちた。前回は100匹を越えたとのことであったが、今日は二日酔いなのでここまでと言った。いや、二日酔いだったのか。聞いてないぞ。むしろ二日酔いでここまで食べた君の胃袋と精神力を私は讃えたい。

 

 

知人が落ちるとお姉さんのターゲットは私一人になった。15匹食べるまではその場を去ってくれず、圧は増すばかりだ。私は「皆さんどれくらい食べられるんですかね」などと話しかけ、お姉さんの圧を解きつつ自分の胃袋を休ませる作戦に出たが、いいからさっさと食べろという空気に包まれた気がしたのでやめた。そうこうしてるうちに話しかけることもできなくなった。これ以上言葉を発すると、出る。

 

 

 

すいません、ごちそう様です。

 

 

 

私の挑戦はここで終わった。

挑戦終了後、デザートが振る舞われた時はうっかり悪意すら感じてしまったが、こちらが勝手に沢山食べただけなので怒るのはお門違いであった。食べてみると美味しかった。違う食べ物であることが何より嬉しかった。

 

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記念写真を撮ってくれたのは嬉しかったが、少しでも動くと出そうだったのでポーズを取るのも必死であった

 

 

食べ物をお腹一杯に食べられることは良いことだ。地元に戻ってからも頑張って働いて、また美味しいものを食べよう。そんな気分になれた、終わってみれば清々しい時間であった気がする。また来よう、盛岡。

 

まあ、蕎麦は当分、いいけど。

 

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記録は90杯でした!